第38回 社会福祉士試験前夜、コンビニ彷徨記
宿泊費か、寿司か。
私は人生レベルの選択に迫られていた。
試験会場までは2時間程度、私が住んでいる地域は珍しく雪が降るかもしれないと言われていた。
電車が何らかのトラブルで止まってしまったら、会場にたどり着けないかもしれない。
でも、前泊するとなると宿泊費がかかってくる。正直もったいないと思うし、その宿泊費で思い切り寿司を食べたい。
そう、きっと大丈夫。そんなことがあったら、きっと同日に受験する皆も同じ状況に陥る。
お金もったいないし宿泊はしない。
一度はそう決めたものの
「でもなぁ…」
朝の電車遅延等、不吉なことが頭に浮かんでくる。私は、基本的に優柔不断なのである。
そんな私を見かねた夫は「俺は前泊した方がいいと思うけどね」と携帯を眺めながらつぶやく。
「今ならまだ近場で予約取れるぞ」
宝鐘マリンのyoutubeでも視聴していたものだと思っていたが、なんと周辺の宿泊施設を調べてくれていたらしい。
「うーん。どうしようかな」
まだ悩む私に
「多分早めに決めた方がいい」
携帯をスクロールしながら予約を取ろうとしてくれている。
夫がそういうのも当然である。何故なら、試験二日前、予約を取るにもギリギリの時期だからだ。
夫がこんなにも協力的なのには明確な理由がある。
試験に落ちてほしくない。
つまりは、もう一年試験勉強のために時間を費やしてほしくないからだ。
夫はこの一年、
特に試験間近の年明け以降、休日は子供の相手を引き受け、勉強時間を作ってくれた。
…本当はパチンコ屋に行きたいのに。
我慢をして私の受験勉強を優先してくれた。
夫だって、この生活から解き放たれたいのだ。
申し訳なさと気まずさを感じながら、パチ屋に旅立つのは忍びないのであろう。
週末のほんの数時間の趣味の時間くらいは、すっきりとした気持ちで送り出してもらいたいのだろう。
「頼むよ。まじで。受かってくれ」
という言葉からは、解放されたいという心の叫びがひしひしと伝わってくる。
「…泊まるか」
お金と寿司を天秤にかけながら、前泊の決断をする。運がいいことに、近場のホテルを予約することができた。
翌日
行っちゃだめだと引き留めるわが子に詫びを入れ、ホテルへと旅立つ。
1人で宿泊なんて、どのくらい振りだろうか。
家族を置いて宿泊、というのであれば、夜勤は何度となく経験してきたが…。
と思い返すうちに、社会福祉士の短期養成コースのスクーリングで宿泊したことを思い出す。
子供を置いての宿泊というのは、やはり少し寂しい。
カタンコトンと電車に揺られながら、目の前の親子連れをついつい目で追ってしまう。
電車移動も、久しぶりだ。
目の前の景色が流れていく。
私は一息ついた。
ホテル近くの駅で、軽食を買う。
人気ブロガーかつ偉大なる母である「みきママ」さんが、
「受験前日には胃腸に優しい消化のいいものを。かつ丼とかはダメ」
と仰っていたので、本当は揚げ物を食べたい気持ちを抑え込む。
鳥団子と糸こんにゃくのスープ
温泉水
ガリガリくん
私なりに精一杯吟味した、身体に良さそうな意識高めのラインナップを購入。
慣れないチェックインを済ませ、東横インの部屋に入る。
小腹がすいていた私は、袋から購入品を取り出した。
部屋に入って最初にしたこと。
初手ガリガリくん。
やはり安定のおいしさである。
この氷の粒をかみ砕く心地よさと、さっぱりとしたソーダ味がたまらない。
100年先もこのままでいてほしい。
次に、温泉水。味の違いは全く分からないのだが、何となく身体に良さそうであった。
最期に、鳥団子と糸こんにゃくのスープ。
温め忘れた。
だが、戻るのが面倒だった。
私は冷たいまま鳥団子にかぶりついた。
受験前日の行動とは思えない。
「おいしい。冷たいのにこんなに柔らかくてジューシだなんて…」
自然な味付けとおいしさに感動する。スープの中の糸こんにゃくもまた、たまらない。
感動しながらあっという間に食べつくし、ゴミをまとめて捨てた後に机に参考書を並べる。
そうだ、このための前泊。
勉強をするぞ、と息巻いて参考書を開いた。
しかし…全然集中ができない。
理由は明白である。
「足りない…。もっと食べたい。」
おいしいものを食べてしまった結果、スイッチが入ってしまった。
なんということだ、食欲に囚われて、全く集中ができない。
私は財布を片手にふらふらと部屋を出て、近くのコンビニへと移動した。
「胃腸に優しい、ヘルシーなものを…」
みきママさんの教えを心の中で唱えながら、ローソンに入店する。
そこで私を待ち構えていたのは、ローソンの目玉イベント50%増量キャンペーンであった。CMでも流れているため、ご存じの方も多いだろうが、お値段そのままで50%増量しているのだ。つまりものすごくお得という事だ。
いつもの包装の中に窮屈そうにクリームが詰まっている。なんて魅惑的なクリームロールなんだ。
明らかにいつもとは違う、見るからにたっぷりと乗っているクリームに目が釘付けになる。
いけない、早く総菜コーナーへ行かなければと、クリームロールから目をそらし、足早に通り過ぎる。
総菜コーナーに到着するなり、鮮やかな「50%増量」の文字と、大きな高菜明太おにぎり、具沢山のサンドイッチ、ずっしりと重量のある焼きそばが目に入る。
2回に分けて楽しめるのではないか。なんてお買い得なんだろう。思い切り頬張ってわんぱくに食べてみたい。
思わず手に取ったところで我に返る。
「胃腸に優しい、消化の良いもの」
みきママさんの言葉がよみがえる。
そうだ、今日だけは。今日だけは、胃腸に優しく消化の良いものを食べなければいけない。
誘惑を振り切り、店内を彷徨う。
長考の末、健康的な食品をかごに入れていくことにした。
・大根サラダ(ドレッシングなし)
・割けるチーズ
・野菜ジュース
・飲む鉄分ヨーグルト
・キレートレモン
・アジの南蛮漬け
こんなラインナップでは明らかに足りないのだが、消化に良さそうなものを食べなければいけない。
あと、食べてもよさそうなのはないだろうか…。
ゾンビのように繰り返し弁当コーナーを彷徨う。
お菓子も食べたい…。
パン、おいしそう…。
50%増量してるサンドイッチも追加していいかな…。
行っては戻り、また行っては戻る。完全に不審者である。
コンビニに入店して一時間ほど経過しただろうか。
ここでこんなにも時間を費やしている場合ではない。
我に返った私は、籠の中に、50%増量のサンドイッチを追加で投げ込み、レジにて会計済ませた。
部屋に戻り、購入品を机に出す。
これを食べたら、今度こそ勉強をする。
「…いただきます!」
大根サラダの袋を破り、アジの南蛮漬けの封を開ける。
アジの南蛮漬けのかさ増し効果を狙い、サラダと南蛮漬けを交互に楽しむ。
これならばドレッシングが無くてもやれる。
夢中で食べていると、ふと鏡に映る自分と目が合った。
疲れた顔の私がそこにいる。
廊下から楽しそうな男性の笑い声が聞こえてくる。
「いいなぁ」と思いながら、私はもそもそと南蛮漬けをかみしめた。
東横インの朝食バイキングは評判がいいらしい。
今日の夕食は物足りなかったけど、明日は、温かい食事を沢山いただこう。
こうして、私は受験前の最後の夜を過ごした。