合格発表まで、あと2週間ほど。
余裕の点数を取った人は穏やかに過ごしているのだろうが、私は毎日ひやひやしている。
本当は資格取得後、次は
精神保健福祉士
にも挑戦したいと思っている。
だが今は、それどころではない。
試験当日、あろうことか見直しによって正解を不正解に変えてしまった問題がある。
なぜ見直したのか。
どう考えても最初の解答が合っていたではないか。
あれだけで2点。
されど2点である。
さらに、落ち着いて考えれば取れた問題もいくつもあった。
後悔は、試験が終わったあとにいくらでも湧いてくる。
ため息をつきながら、未練がましく各所の合格基準点予想を眺める。
「今年は難しかった」「基準点は下がるのではないか」
そんな声が多い。予想基準点も50点代~60点代が多かった。
あら、安心。そう思って穏やかに過ごせたらいいのだが、
いやいや、と安心しようとしている自分を否定する。
そもそも、あまりにも低得点で合格となれば、国家試験として成立するのだろうか。
昨年、私は率直にこう感じた。
「合格率がこんなに高いのか。しかもこの点数で取得できるのか。」
社会福祉士
という資格には、本来ある種の希少性があったはずだ。
私は試験当日、「この会場にいる全員が合格すればいいのに」と思った。
だが同時に、資格とは努力した人が手にするものだとも分かっている。誰でも取得できるものになれば、その価値は薄れてしまう。
もちろん、「きちんと勉強した人が報われる試験」であることは重要だ。
しかし不足を補うために合格者を増やすという方向性には、疑問も残る。
一方で、教育現場への情報共有は十分だったのだろうか。
学生が習っていない内容が出題されたのであれば、それは試験実施側の信用問題にもなり得る。
SNSでは学生の悲鳴も多く見かけた。
だが、かつて合格率が30%前後だった時代、学生たちはどう乗り越えていたのだろう。不思議でもある。
もっとも、この資格は名称独占資格である。
資格がなくてもできる仕事は存在するし、任用資格で足りる職場もある。
…合格基準点予想について、つい考えてしまう。
合格基準点を予想する講師や発信者も、今回の試験内容を完全に見通せていたわけではないだろう。
教える立場であるからこそ、難しい判断を迫られているのではないか。
そう考えると、「基準点はこの程度になるだろう」という発信には、受験生を安心させたいという意図と同時に、ある種の方向づけの力も働いているように感じる。
——穿った見方だろうか。わたしがひねくれているのだろうか。
前年度はカリキュラム変更初年度だった。
試験センターも多少の配慮をしたのかもしれない。
では今年はどうなるのか。
難化したと話題の伝説の38回社会福祉士国家試験。
見直しによって取りこぼした、たった2点。
その重みを思うたび、胸の奥がざわつく。
余計な見直しが悔やまれる。
その2点で落ちたとしたら、私は社会福祉士として不適格な人間ということなのだろうか。
つべこべ言ったが、とにかく受かっていてほしい。
合格発表の日まで、このざわつきが続くのだろう。
来月の3日まで、この気持ちとうまく付き合っていくにはどうしたものか。
終わったと思っていた受験は、どうやら私の中でまだ続いている。